概要
この酒は米を使った酒類では最も素朴な形態の物と言われ、一般の酒店でも購入可能な濁り酒に近い。これを沈殿濾過する事で清酒を作る事も可能だが、清酒になる程には漉さずに飲用する。清酒に比べ濾過が不十分であるため、未発酵の米に含まれる澱粉や、澱粉が分解した糖により、ほんのり甘い風味であるが、アルコール度は清酒と同程度の14~17度にもなるため、口当たりのよさがあだとなってつい飲み過ごして悪酔いしやすい。
どぶろくの語源は定かではない。平安時代以前から米で作る醪の混じった状態の濁酒のことを濁醪(だくらう)と呼んでいたのが訛って、今日のどぶろくになったと言われる[2]。
どぶろくの起源についても諸説あり、中国の揚子江/黄河流域の稲作文化の直接伝播(紀元前3500年ごろ)に伴って伝わったという説や自然発酵による独自の発生説など諸説ある。どちらにせよ、3世紀後半の魏志倭人伝には倭人は酒を嗜むといった記述があり、どぶろくの歴史は長い。
なお、マッコリを日本のどぶろくや日本酒のルーツとする記載がネット上で散見されるが、そもそも使用する麹が異なっている(マッコリは麦麹、どぶろくは米麹)ので、両者は醸造学的に異なる歴史を歩み発展した別系統の酒であるとする見解がほとんどである。最近の説では、稲作の伝播が朝鮮半島では北方を伝わって紀元前2000~2500年頃であるのに対して日本への伝播時期が南方を通じて紀元前3500年頃であるというものもあり、だとすれば一層両者は別個の物と言える。
家庭でも簡単に作る事ができるが、違法行為(酒税法違反)であるため、転じて密造酒の別名としてこの言葉が用いられる事もある。この事から隠語で呼ばれる事も多くどぶや白馬(しろうま)、溷六(どぶろくまたはずぶろく)といった呼び方も地方によっては残されている。なお溷六と書くと、泥酔状態にある酔漢の事を指す別の言葉にもなる。
日本におけるどぶろく作りの歴史は米作とほぼ同起源であると云われるが、明治時代においては政府の主要な税収源であった酒造税(1940年以後、酒税)の収入を減らす要因であるとして、農家などで自家生産・自家消費されていたどぶろく作りが酒税法により禁止され、現在に至っている。しかし家庭内で作る事のできる密造酒でもあるため摘発は非常に難しく、米どころと呼ばれる地域や、酒を取り扱う商店等の少ない農村などで、相当量が日常的に作られ消費されていたとする話もある。むしろ、実際の禁止理由は日清・日露戦争で酒税の大増税を繰り返した際にその負担に耐え切れないとする醸造業者に増税を許容してもらうための一種の保護策であったと考えられている。
一部では自家生産・自家消費に限ってどぶろく作りを解禁しようという動きもあるものの、解禁には程遠いのが現状である。なお、酒税法上の罰則規定に拠れば、製造するだけでも5年以下の懲役または50万円以下の罰金となっている。
だが、日本では古来より、収穫された米を神に捧げる際に、このどぶろくを作って供える事で、来期の豊穣を祈願する伝統を残す地域があり、この風習は現代でも日本各地のどぶろく祭等により伝えられている。このため宗教的行事におけるどぶろくの製造と飲用は、許可を受ければ前出の酒税法罰則適用外(酒税は課税される)となる。この場合、神社の境内等の一定の敷地内で飲用するものとする。
また酒造の制限は税制上の理由であり、所得税などは申告税制になっていることから家庭内酒造についても申告納税さえすれば自由に認めるべきであり、脱税酒についてのみ取締りをするべきであるという根強い意見もある。